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誘電関数って何だ? : 3. 光と電子はダンスを踊る

誘電関数って何だ?

3. 光と電子はダンスを踊る

窓から降り注ぐ太陽の光は,ガラスを素通りしてくるように見えます. この一見何でもない光の透過という現象は,実は,ガラス中で繰り広げられる膨大な数の微視的な光と電子のやりとりによって成り立っています. 本講座第3回では,物質中で密かに開かれる光と電子のダンスパーティーを見にいくことにしましょう.

3.1 光が電子を揺り動かす

さて,話を分極に戻しましょう. 「1. 誘電率の基礎」では,分極と誘電率の関係を見てきたが,ここでは,光の電場振動に応答する原子レベルの電気双極子振動について調べていきます. 光の正体は電磁波であり,互いに直交する正弦波状の電場 E と磁場 B が,図11 ように,両者の外積 (E × B ) 方向に進む横波です [注] .

図11 光 (電磁波) が伝搬する様子
図11 光 (電磁波) が伝搬する様子
【注】 電磁波の詳細は教科書を参照してください. 図11 では,x 方向の電場 Ey 方向の磁場 B が,直交関係を保ったまま,光速 cz 軸正方向( E 方向から B 方向に右ネジを回したときに,ネジが進む方向)に進む姿をイメージしてください(座標の取り方が前セクションとは違うことに注意). 図11 の電磁波は,x 方向の偏光を表しています. また,本来の定義では,磁束密度 B ,磁場 HB ≡ µ0 H なので,磁場 H と表記すべきところですが,多くの教科書で磁束密度 B を磁場と呼び, E -H 対応ではなく E -B 対応で議論しています. 本講座も,その流儀に従っています. E -B 対応の立場では,磁気モノポールは存在せず,全ての磁場は磁石を構成する原子の電子スピンによって発生する円電流が起源であると考え,F = I dl × B を基本式としています. 磁束密度B を電流素片 I dl が受ける力として定義して,磁場H はアンペールの法則が成立するように便宜的に導入されています.

真空中のマクスウェルの方程式から,電場 E と磁場 B は, |E | = c |B | の関係があります. 速度 v で運動する電子が電場 E ,磁場 B から受ける力は,クーロン力とローレンツ力の和:F = e (E + v × B ) です. ここで問題にする電子の振動速度が vc なので,磁場 B の影響は無視でき,電子は電場 E のみによって動かされると考えて問題ありません. つまり,図11 に示した電磁波は,光の周波数で振動する交流電場と考えられるわけです.

誘電体に光が入射した状態を想像してみましょう. 誘電体内の原子は,光の電場によって分極し,分極した電子と原子核の間にはバネのような復元力が働くため,光の交流電場に応答して振動します. 図12 は,光の電場振動によって励起される電気双極子振動のイメージ図です. 電気双極子は,外部から加えられた電場の振動角周波数と同じ角周波数で振動します. ここでは,入射光の電場と同位相で振動する電気双極子の様子が描かれています.

図12 光の電場に応答する電気双極子振動
図12 光の電場に応答する電気双極子振動

電子分極により生じた電気双極子の振動は,正電荷を持つ原子核と負電荷を持つ電子がバネで束縛されている古典力学的なバネの振動モデル ( Lorentz 振動子) で記述されます. Lorentz 振動子は,外場(光の交流電場)によって強制的に加振させられている減衰振動子で,質量が大きい原子核は固定されていて,電子だけが粘性流体中を振動するような物理モデルを仮定します. これは,例えば,図13 のようなバネ振動モデルを想像してください.

図13 強制的に加振されるバネの減衰振動モデル
図13 強制的に加振されるバネの減衰振動モデル

Lorentz 振動子の運動方程式は,次式で与えられます.

(19)式

ここで me は電子の質量,e は電子の電荷, ω0 はバネの共鳴角周波数 ( resonance angular frequency ) , Γ は減衰係数 ( damping coefficient ) と呼ばれる粘性抵抗の比例係数です. 次の調和振動子(単振動)の運動方程式と比較してください.

(20)式

(19) 式は,単振動に右辺第2項,第3項が足されたものであることが分かります. 右辺第1項の -me ω02x はバネの復元項で,変位した電子を原点に引き戻す,フックの法則 F = -kF x に従う力です. 第2項は振動速度に比例した粘性流体中の粘性抵抗でその値は減衰係数 Γ で決まります.第3項は光の振動電場 E0 exp ( i ω t ) がクーロンの法則 F = -eE によって電子を強制振動させる力を表しています. (19) 式は,外部から強制振動させられている減衰振動子 ( damped oscillator ) の運動方程式です. 粘性抵抗によって振動子の振幅が減衰するのを,光の電場振動が強制的に加振し,光の電場から与えられるエネルギーと粘性抵抗で失われるエネルギーが釣り合った状態で振動が安定します.
Lorentz 振動子(Lorentz モデル)は,本講座「誘電関数って何だ?」の主役と言っても良く,この後もしばしば登場します.

3.2 振動する電荷は電磁波を放出する

電子分極によって生じた電気双極子の電荷,すなわち電子は,光の交流電場によって強制的に調和振動させられています. 言い換えると,電子は絶えず加速度を受け続けていることになります. 加速度を持つ電荷からは電磁波が放出されます. こうした電気双極子からの電磁波の放射を,電気双極子放射 (electric dipole radiation) と呼びます.

図14 電気双極子放射
図14 電気双極子放射

図14は,電気双極子の振動に伴う電気双極子放射の様子を示したものです. 図14 では、振動する正電荷と負電荷の間に生じた電場を電気力線として描いてあります. 図14(a) の時間変化を追ってみましょう. 正電荷から負電荷に向かう電気力線は、電気双極子が平衡点を過ぎるときに,閉じた輪として空間に放出されます. こうした過程が連続的に繰り返されると,図14(b) のように,電気双極子から外に向かって放出される電磁波が形成されます. このとき放出される電磁波の電場振幅は,図14(c) のような穴のないドーナツ状の空間分布になります. すなわち,電気双極子振動がよく見える yz 面で最も強く放射され,振動が見えない x 軸方向 (電気双極子振動方向) には放射されません. また,放出される電磁波の周波数は,電気双極子の振動周波数,すなわち,電気双極子振動を励起した入射光の交流電場の周波数と同じです.

3.3 遠くの風景が赤く見えることはない

大気中の窒素や酸素などの気体分子は,可視領域では吸収がなく透明です. 太陽からの光が大気中を通過するとき,これらの気体分子は光の電場により電気双極子を形成し,ただちに電気双極子放射で光を再放出します. その時放出される光の角周波数は,入射した元の光と同じです. つまり,光は,気体分子の電気双極子振動を介して,弾性的に散乱されます.
ランダムに配置された,波長より十分に小さい独立粒子 (波長の約 10 分の 1 以下) が起こす弾性散乱を,レーリー散乱 ( Rayleigh scattering ) と呼びます. 気体分子のサイズ ( 0.2nm 程度) は,可視光波長 ( λ ~ 500nm ) の 1,000 分の 1 以下であり,レーリー散乱の条件を十分に満たしています. レーリー散乱は,散乱光の強度が角周波数の 4 乗に比例するので,短波長ほど強く散乱されます. 空が青く見えるのは,透過する太陽光のうち,波長の短い青系の光がより多く散乱されるためです. その結果,透過光の短波長成分が減少し,長波長成分がより多く生き残って,透過光は赤みを帯びてきます. これが,沈む夕日が赤く見える理由です.

図15 大気圏上層で発生するレイリー散乱
図15 大気圏上層で発生するレイリー散乱

大気によるレーリー散乱は,気体分子密度が低い大気圏上層のみで発生し,大気密度が高い地上では発生しません. 仮に,地表の大気でもレーリー散乱が起こるならば,景色が遠ければ遠いほど,青系の光が散乱によって失われ,景色は赤みがかって見えるはずです. しかし,実際には,図15 に示すように,何十 km 離れた山並みを見たとしても,そんな現象は起こりません.

図16 高尾山から
図16 高尾山から望む新宿副都心 (距離約40km) と東京スカイツリー (距離約50km)

これは,散乱源となる気体分子の空間密度が高くなると,散乱同士が足し合わされて打ち消し合い,横方向の散乱が消滅してしまうためです. 地上の空気は,標準状態での平均分子間距離が約3.3nmで,散乱が打ち消し合うのに十分な近さ (可視域の波長の数百分の一の距離) に膨大な数の大気分子が密集しています.

ちなみに,遠くの景色は,大気中の微細な塵埃粒子や水滴を散乱源とする Mie 散乱に因って,実際には白っぽく見えます. そのため,空気が乾燥した冬よりも春先の方が景色がかすんで見えるわけです. Mie 散乱は,散乱源となる粒子の大きさが波長程度以上の場合に起こる散乱現象です. 粒子が大きくなるにつれて,粒子内各場所からの散乱 2 次波の位相ずれが無視できなくなる結果,波長依存性が薄れて,散乱方向依存性が大きくなります. 雲が白く見えるのは,雲の水滴によるMie散乱のためでです.

3.4 散乱光の足し合わせが進行波を形成する

次に,密度が高い媒質中で,電気双極子放射が伝搬していくようすを見てみましょう.
ガラスなどの誘電体では,散乱源となる原子の平均距離は 0.1nm ~ 0.5nm 程度で,可視光の波長 ( 500nm ) の 1,000 分の 1 以下の距離に密集しています. このような高密度な媒質中では,原子が散乱する膨大な数の散乱光が,互いに干渉しながら伝搬していきます. このようすを示したのが図17 です.

図17 媒質中における散乱2次波の伝搬の様子
図17 媒質中における散乱2次波の伝搬の様子

左から右に進行する平面波の入射光ビーム ( 1 次波と呼ぶことにしましょう) によって,媒質中にランダムに配置された 3 つの原子 A , B , C から散乱光が放出されるとします. 原子からの散乱光を 2 次波と呼ぶことにしましょう. ここでの 1 次波は,図17(a) に示したように,紙面を貫く方向の偏光だとします. したがって,原子 A , B , C の電気双極子も紙面を貫く方向に振動し, 3 次元的にはドーナツ状,紙面上では円形の 2 次波を放出します. 図17(b) , (c) で,明線で描かれている円は 2 次波の山,暗線で描かれている円は谷を表しています.
図中白矢印で示した 1 次波の山の波面 P に注目します. まず, 1 次波の波面が進んで,原子 A ,原子 B ,原子 C の順に波面 P が当たり,それぞれの原子から放出された円形の散乱 2 次波の様子を示したのが図17(b) です. 通常, 2 次波の位相は 1 次波から位相がずれるのですが,ここでは 2 次波を 1 次波と同位相の波として描いてあります. A ,B ,C いずれの原子から散乱された 2 次波の山も, 1 次波の波面進行に同期して放出されるため,前方散乱成分は 1 次波と共に前に進みます. その後も時間の経過に伴い,各原子は, 1 次波の進行に同期して 2 次波の山, 2 次波の谷の放出を繰り返すします.
図17(c)は,ある程度時間が経過した後の散乱 2 次波の伝搬状態を表しています. 図から分かるように, 2 次波のうち前方に散乱する成分は,散乱源となる原子の位置や数とは無関係に,同位相で 1 次波と一緒に進みます. その結果として, 2 次波の前方散乱成分は互いに強め合うことになります. 一方,前方散乱以外の 2 次波の成分,すなわち後方散乱成分と側方散乱成分は,散乱源の位置の違いを反映して位相がばらばらになり,互いに弱め合います. つまり,誘電体などの媒質中では, 1 次波の伝搬方向と一致する前方散乱成分だけが伝搬し,それ以外の散乱は全て消滅してしまいます.

実は,後方散乱成分が強め合う条件があります. それは,散乱源の原子が,位相の揃った2次波を後方に散乱する位置にいることです. 例えば,図18のように,原子 A , B , C が媒質表面に並んでいたとします. 媒質表面は,媒質を2つに切り分けて後ろ半分を取り去った状態であり,後方散乱の打ち消し合いが不完全になります. 消え残った後方散乱は,各原子からの 2 次波が同位相となる方向でのみ強め合います. これは,平坦な物質表面における反射ビームの形成に他なりません.

図18 後方散乱の重ね合わせが反射光になる
図18 後方散乱の重ね合わせが反射光になる
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