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構造色とは: 3. 単層膜の干渉
3. 単層膜の干渉
シャボン玉や水面上の油膜に見られる鮮やかな虹色が,膜の干渉によって作り出されていることは,よく知られています. 干渉とは,2つ以上の光が空間のある場所で重ね合わされたときに,強め合う,あるいは弱め合う現象です. ここでは,薄膜の干渉の発色原理を確認してから,さまざまな単層膜の干渉による色彩を見ていくことにしましょう.
→ 田所利康:『大人こそ楽しみたいシャボン玉の魅力』,月刊うちゅう2022年1月号(2022) pp.4-9.
3.1 シャボン膜の干渉
まず,シャボン膜を例に単層膜の干渉を確認しましょう. シャボン膜に光が入射した状態を描いた図3-2 を見てください. シャボン膜のように,支持基板がなく空気中に自立的に単独で存在する膜を自己保持膜 ( free standing film ) と呼びます.
シャボン膜の左上空から太陽の光が射し込んでいると考えてください. 入射された光は,空気 / シャボン膜界面(界面1)で一部の光が反射されます. これを0次反射光と呼ぶことにしましょう. 一方,反射しなかった残りの光は,界面1で屈折してシャボン膜中を進みます.
膜の中では,光の伝搬速度と波長が屈折率分の1になります. シャボン膜の場合,光速の74%程度で進むことになります.
膜の裏面に到達して界面2で反射された光は,膜を往復して再び界面1を透過し,空気中に出ていきます. これを1次反射光と呼ぶことにしましょう. 0次反射光と1次反射光は,重ね合わされた状態で空気中を右上方へと進んでいきます. 1次反射光は,膜を往復してくる分遅れて0次反射光と出会うことになります. その時の0次反射光と1次反射光の位相関係によって,強め合う,または弱め合う干渉が起こります. 白色光がシャボン膜に入射した場合,各波長ごとに干渉が起って,ある特定の波長帯で強め合った場合に,鮮やかな色が観測者の目に届くことになるわけです.
3.2 層ごとに割れるシャボン膜
フランスのジャン・ペランは,シャボン膜が非常に多くの薄い層が重なってできていること,単位となる 1 層の厚さは約 6 nm であることを突き止めました [1] . 皆さんは,シャボン玉のてっぺんに現れる図3-5 のような黒い円を見たことがあるでしょうか. これは,黒膜と呼ばれる最も薄い 1 層のシャボン膜で,ペランが発見した単位となる層です.
[1] 立花太郎:「シャボン玉」,中央公論社(1989).
図3-6 は,半球型に張ったシャボン玉が割れるまでの動画です. シャボン液は重力で下方に流れるので,次第にてっぺんから薄くなっていきます. やがて,最薄層である黒膜が現れます.
シャボン液に使われる石けんは,水となじむ親水基と水となじまない疎水基(親油基)をもつ界面活性剤です. 黒膜は,図3-7(a) のように,疎水基を外に向け親水基を水に浸けた石けん分子が水の層の両面に並んだ2分子膜構造をしています. 石けん分子の長は約 2 nm ,石けんの 2 分子膜の厚さは 5〜6 nm で,ペランの研究と一致します. 一見, 1 枚の膜に思えるシャボン膜は,石けんの 2 分子膜が数多く積層した構造をしているのです.
図3-8 は,シャボン膜の多層構造が作り出す干渉色を撮影した顕微鏡写真です.特に左下に見られる膜厚が薄く干渉色がモノトーンになっている領域で,ステップ状に膜厚変化していることが確認できます. このように,2分子膜のステップが現れるということは,図3-7(c) の模式図のように,シャボン膜が層ごとに割れていくことを意味しています.
3.3 シャボン膜の厚さと色の関係
薄膜の干渉では,図3-10 のように,膜の厚さと屈折率の積である光学膜厚の値で色が決まります. 光の波長に比べて光学膜厚が薄い場合,色が付かずにグレースケールになります.光学膜厚が波長程度の時にもっとも鮮やかな色になり,厚くなるとパステルカラーになっていきます.
→ 田所利康:『大人こそ楽しみたいシャボン玉の魅力』,月刊うちゅう2022年1月号(2022) pp.4-9.
3.4 ビスマスの人口結晶(骸晶)
ビスマスの人工結晶は,骸晶と呼ばれる独特な結晶成長をすること,美しい虹色を呈することで知られています. その鮮やかな色彩は,加熱溶融後の結晶成長過程で生成される表面酸化膜の薄膜干渉によって作り出されています.
ビスマス骸晶の製造・販売 → 石華工匠 (外部サイト)
3.5 金属チタンの表面酸化膜
金属チタンは,高強度で軽量,耐食性,耐熱性,耐環境性に優れていることから,航空宇宙,海洋,工業,建築など様々な分野で利用されています. 図3-12は,バイクのチタン製マフラーです. 表面酸化膜によって虹色に輝いています.
チタンの表面酸化膜は,陽極酸化技術で膜厚を制御しながら酸化皮膜を付けることで,豊富なカラーバリエーションを作り出すことができることから,宝飾品,芸術作品にも使用されます. 図3-13は,チタン製のカラビナです. 顕微分光で正確な反射率スペクトルを測定すれば,チタン表面の陽極酸化膜の厚さを計測することができます.
→ 膜厚測定アプリケーション|チタン陽極酸化膜の顕微膜厚測定
3.6 変形菌子実体
変形菌は,移動しながら微生物などを節食する動物的な性質と,胞子の発芽によって繁殖する植物的な性質を併せ持ちます. 変形菌の胞子嚢である子実体の中には,図3-14 に示すように構造色と考えられる鮮やかな色彩を持つものがあります [2] .
[2] 高野 丈:『美しい変形菌』,パイ インターナショナル(2018).
3.7 ニュートンリング
平面ガラスの上に,曲率半径の大きい凸レンズを置き,単色光を当てると見える同心円状の干渉縞をニュートン・リングといいます.ニュートン・リングは,ガラス / レンズ間の空気層の干渉で起こります.アイザック・ニュートンが発見したことから,その名が付きました.
通常,ニュートン・リングは,曲率半径の大きい凸レンズと平面ガラスを接触させて観察しますが,図3-15 では,片面に酸化チタン ( TiO2 ) が成膜された φ 25 mm ,厚さ 1 mm のガラス基板 2 枚を使って,ニュートン・リングを発生させています. 成膜されたガラス基板は,応力のために膜側が若干凸に変形します.膜面同士を接触させれば,極めて曲率半径が大きい凸面形状によって,ニュートン・リングが発生します.
3.8 街中の装飾
街中を見まわすと,構造色を利用した装飾などに結構お目に掛かります. 写真は,金属の表面酸化膜の薄膜干渉色を利用した装飾です. 図3-10 に示した膜厚に対する干渉色の並び順と見比べてください. 何色の膜厚が厚く,何色の膜厚が薄いのか想像が付くはずです.
3.9 陶器
陶芸作品の色彩は,釉薬や焼成などの条件が複雑で多岐に渡るために科学的な解明が進んでおらず,陶芸家の経験と勘に委ねられています. 写真は,金理有氏の陶芸作品の一つ,「光彩」と呼ばれる発色です.反射スペクトルの測定解析から,釉薬最表層の薄膜干渉によって発色していることが分かりました.