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分光エリプソメトリー測定における透明基板裏面反射の除去
透明基板サンプルのエリプソメトリー測定では,シリコンなど不透明基板での測定とは異なり,基板裏面からの反射光が誤差要因となるため,可能な限り裏面反射を除去することが重要です. ここでは,一般に知られるいくつかの裏面反射除去方法を合成石英板に適用し,その効果を検証した結果について報告します [1].
[1] 田所利康:「エリプソメトリー測定における透明基板裏面反射の影響とその除去」,偏光計測・制御技術研究グループ,第11回偏光計測研究会(2015年12月4日)
基板裏面反射の影響
透明基板における裏面反射光の影響を定性的に確認するために,ここでは,振幅と位相を分けて考察することにします. 透明基板の裏面反射光の振幅を図1に示します. 図を簡略化するために,高次の多重反射項は省いてあります.
入射された光は,界面に出会い反射/透過するたびに振幅反射係数/振幅透過係数が振幅に掛けられていき,各光路ごとの反射振幅係数が求まります. 各光路の反射光強度は,振幅係数の絶対値の二乗で求めることができます.
例えば,石英基板(n2 = 1.457 @ λ = 632.8 nm)上の薄膜(n1 = 1.60)を仮定して,入射光 I0 = 1を入射角0°で左上方から入射すると,1次反射光強度は |r01|2 ~ 0.0533になります.
同様に,2次反射光強度は | t01 t10 r12 |2 ~ 7.66 × 10-4,3次反射光強度は | t01 t10 r10 r122 |2 ~ 8.95 × 10-8と高次の反射光ほど急激に強度が減少します.
一方,基板裏面反射光は,| t01 t10 t12 t21 r20 |2 ~ 9.99 × 10-3と,2次反射光強度より遙かに強いことが分かります.
透明基板のエリプソメトリー測定では,透明基板の裏面反射光を無視できないことは明らかです.
また,エリプソメトリー測定に使用されるガラス基板などの透明基板は1 mm程度の厚さがあり,入射光の波長( ~ 0.5 µm)と比べ桁違いに厚く,一般に,波長よりも大きい厚みバラツキを持ちます.
そのため,基板裏面反射光は薄膜の多重反射光とは干渉せず,薄膜からの多重反射光の合成強度に基板裏面反射光の平均強度を非干渉光として足す必要があります.
加えて,基板厚が薄くなると,干渉光/非干渉光が混じり合った部分干渉を起こすため,話はさらに複雑になり,基板裏面反射光を含む薄膜試料系での測定Ψ,Δは,本来の定義からずれた値を観測することになってしまいます.
図2に,基板裏面反射の影響を受けた分光エリプソメトリーの実測例を示します.
図中青線は,合成石英ブロック(厚さ20 mm)の屈折率を測定した結果です. 基板裏面からの反射光は検出器に到達しないため,バルク合成石英として,Cauchyの分散式 [2] を用いて解析しています. 得られた屈折率分散は文献値 [3] と良く一致しています. 一方,赤線は,基板厚1 mmの合成石英板を基板裏面反射対策せずに測定し,バルク合成石英として解析した結果で,間違った屈折率分散に収束しています. 図1,図2に示したように,透明基板サンプルのエリプソメトリー測定では基板の裏面反射除去が必須です.
[2] L. Cauchy: bull. des. sc. maht. 14, 9 (1830).
[3] E.D. Palik (editor), “Handbook of Optical Constants of Solids”, Academic Press, New York, (1985).
一般的な基板裏面反射除去方法
エリプソメーターの利用者の間で,基板裏面反射除去を目的とし,基板裏面に黒い何かを塗る方法が伝承されている話をよく聞きます.
この方法については,裏面に黒マジックを塗った測定結果を後ほど示します.
図3に,それ以外の代表的な基板裏面反射の除去方法を示します.
(a): 空間的な絞りを用いて裏面反射光束のみを除去する方法です. 基板がある程度厚い場合には薄膜干渉光束と基板裏面反射光束が空間的にずれますが,分光エリプソメーターの測定ビームが太いため,完全に除去できない場合もあります.
(b): 透明基板と同一材料または屈折率分散が近い材料の厚板とを,屈折率マッチング液を挟んで貼り合わせ,実効基板を厚くして基板裏面反射を除去します.
(c): ガラス基板など透明基板の裏面を,サンドブラストなどで荒らす方法です. 裏面の荒れが反射光を散乱し,基板裏面反射光を大幅に減らすことができます. 破壊試験であり,製品の膜厚評価などには使えません.
(d): くさび形透明基板を使用する方法です. くさび形基板では,基板裏面反射光は装置検出器とは無関係な方向に進みます. 基板裏面反射の除去は確実ですが,高コストであるという難点があります.
その他,基板裏面反射を考慮した光学モデルで解析する方法があります [4] - [7]. 基板裏面反射光は,全てが完全な非干渉光という訳はなく,基板の厚さ,平行度,表面荒さなどの条件により,部分的に不完全な干渉性を示す場合があります. 基板裏面反射を光学モデルに組み込む場合,基板裏面反射の不完全な干渉も取り扱わなければなりません.
[4] Y. H. Yang and J. R. Abelson: "Spectroscopic ellipsometry of thin films on tansparent substrates: A formalism for data interpretation", J. Vac. Sci. Technol. A 13 (1995) 1145-1149.
[5] K. Forcht, A. Gombert, R. Joerger, and M. Kohl: “Incoherent superposition in ellipsometric measurements”, Thin Solid Films, 302 (1997) 43-50.
[6] M.Kildemo, R. Ossikovski, and M. Stchakovsky: “Measurement of the absorption edge of thick transparent substrates using the incoherent reflection model and spectroscopic UV-visible-near IR ellipsometry”, Thin Solid Films, 313-314 (1998) 108-113.
[7] T. Heitz, A. Hofrichter, P. Bulkin, and B. Drevillon: “Real time control of plasma deposited optical filters by multiwavelength ellipsometry”, J. Vac. Sci. Technol. A 18 (2000) 1303-1307.
基板裏面反射除去方法の比較実験
一般的に用いられている基板裏面反射の除去方法を比較実験しました.
測定には回転補償子法分光エリプソメーター:J. A. Woollam社製 M-2000DIを用い,波長:190 nm ~ 1700 nm,入射角:50°,60°,70°で測定を行いました.
次の5種類の裏面反射除去法を実施した合成石英板(1 mm厚)を測定し,Cauchyの分散式を用いバルク合成石英として解析して屈折率分散を求めました.
- 黒マジックインキを塗る
- アクリル塗料(黒)を塗る
- SEM用カーボンテープを貼る
- メンディングテープを貼る
- 屈折率マッチング液+合成石英厚板
- 裏面サンドブラスト処理
- ソフトウエア処理
測定解析結果として得られた屈折率分散がバルク石英の屈折率分散に近いものほど,優れた基板裏面の反射除去方法であると言えます.
1.黒マジックインキを塗る
図4は,基板裏面に黒マジックインキを塗布して行った入射角60°の測定結果です. 黒マジックインキ塗布による測定データの乱れがよく分かるよう,Ψ,Δをプロットしてあります.
裏面反射は除去し切れておらず測定値がバルクと大きく異なることに加えて,波形にうねりが生じていることが分かります. これは,基板裏面に不均一な黒マジックインキ層が塗布されたことによって,その不均一な干渉が測定光に重畳するためです. 基板裏面に黒マジックインキを塗布しての測定では,適正な屈折率分散を得ることはできません. つまり,基板裏面に黒マジックインキを塗布する方法は,ある種の迷信と言えます.
2.アクリル塗料(黒)を塗る
まず,アクリル塗料フラットブラックを基板裏面に塗布して,基板裏面反射除去の効果を見てみました. 図5は,アクリル塗料塗布後,バルク石英として測定解析した屈折率分散の結果です.
黒マジックインキ塗布のようなうねりは観測されていませんが,解析領域全体に0.01程度の屈折率のズレが発生してしまいます. これは,アクリル塗料フラットブラック塗布では,十分な基板裏面反射除去効果が得られていないことを意味しています.
3.SEM用カーボンテープを貼る
次に,SEM用カーボンテープを試してみました. SEM用カーボンテープを使用している分光エリプソメーターユーザーも結構いらっしゃると思います. 図6に,合成石英基板の裏面にSEM用カーボンテープを貼り,バルク石英として測定解析した屈折率分散を示します.
図1のアクリル塗料に比べれば,かなり改善されていますが,除去し切れていない基板裏面反射が影響して屈折率にズレが生じています.
4.メンディングテープを貼る
もっともお手軽な基板裏面反射除去法として,基板の裏面にメンディングテープを貼る方法があります. 図7に,合成石英基板の裏面にメンディングテープ(スコッチ 810)を貼り,バルク石英として測定解析した屈折率分散を示します.
図7から分かるように,基板裏面反射の除去効果は非常に高く,合成石英の屈折率をほぼ正確に再現しています.
使用上の注意としては,皮膚の油脂分がテープに付かないよう注意すること,気泡が入らないように丁寧に貼ることです.
また,「貼って剥がせる」タイプのテープ(スコッチ 811など)は,接着面をアイランド状にして粘着力をコントロールしているので,本測定目的には使用できません.
5.屈折率マッチング液+合成石英厚板
屈折率マッチング液を使って実効的な基板厚を厚くすることは,ごく一般的な界面反射除去方法です. 通常は,市販の屈折率マッチング液を屈折率値指定で購入しますが,本実験では,手元にある安価なオイル類の屈折率を調べて,屈折率マッチング液にしてみました. 図6に比較測定したオイル類の屈折率分散を示します.
図8の比較から.屈折率マッチング液は,手近にあった合成石英に屈折率が近い食用油(実験当時,「健康エコナ」の名称で販売されていましたが,現在は販売されていません)を採用しました. 食用油と合成石英の屈折率分散を比較したのが,図9です.
波長632.8 nmにおける屈折率差は,0.012程度です. 屈折率差から合成石英-食用油界面における反射率を計算すると,約0.0017%で, 何も裏面処理をしていない合成石英-空気界面の反射率:約3.5%と比較すると,反射率を約1/2000に減少させることができます.
図10は,食用油を使って屈折率マッチングして厚い石英基板として測定解析した屈折率分散です.
図10の通り,測定波長域全域にわたって非常に良く一致しており,高い裏面反射光除去効果が確認できます. 今回の比較実験では,屈折率マッチング液を使った本方法が最も良い結果でした.
本目的のために,屈折率を指定して市販の屈折率マッチング液を購入する場合,測定波長領域全域で屈折率差 Δ n < 0.01 が一つの目安となります.
6.裏面サンドブラスト処理
基板裏面をサンドブラスト,サンドペーパーなどで荒らして裏面反射を乱反射させる方法も一般によく行われます. 図11は,基板裏面をサンドブラスト処理した後,バルク石英として測定解析した屈折率分散です.
短波長側に若干ズレが見られますが,実用上問題ないレベルです.
サンドブラスト処理では,破壊試験であること問題になる場合もあります.
7.ソフトウエア処理
最後に,ソフトウエア処理による基板裏面反射除去結果を図12に示します.
基板裏面に何の反射防止処理も行わずに測定し,ソフトウエアにより裏面からの不完全な干渉を含んだ反射光を除去する方法です. 図12の通り,実用上十分な結果が得られています. ソフトウエア処理による基板裏面反射除去は,サンプル基板に何もせず測定できる点が優れています.
ここでは,いくつかの基板裏面反射除去方法について比較実験を行い,その有用性を検証しました.
実験の結果,4.メンディングテープを貼る,5.屈折率マッチング液+合成石英厚板が非常に良い方法であることが分かりました.
また,6.裏面サンドブラスト処理,7.ソフトウエア処理で,実用上十分な裏面反射除去効果を得られることが確認できました.
分光エリプソメトリーで透明基板上の薄膜評価では,サンプルに適した裏面反射方法を実施して,精度の高い測定解析結果を得るように心がけてください.