膜厚測定,分光測定,分光エリプソメトリー,スペクトル解析のテクノ・シナジー

屈折率傾斜があるITO膜の膜厚測定,光学定数測定

分光エリプソメーターは,膜内に屈折率傾斜がある複雑な層構造サンプルの膜厚測定,光学定数(屈折率: n ,消衰係数: k )スペクトル測定に対応することができます. ここでは,代表的な透明導電膜であるITO(Indium tin oxide)膜を例に,膜厚測定,膜の光学定数決定について解説します [1].

[1] 田所利康:「分光エリプソメトリー:基礎から応用まで」, 日本画像学会誌, 50, 5 (2011) pp.439-447.

透明導電膜の膜厚測定,光学定数デプスプロファイル測定

錫(Sn)をドープした酸化インジウム(In2O3)は,通常,ITO(Indium tin oxide)と呼ばれ,電気伝導性と可視光の透過性を併せ持つことから,液晶ディスプレイなどオプトエレクトロニクスデバイスの透明電極として広く利用されています.

ITOは,成膜法や成膜条件によって結晶性に違いが生じ易く,電気特性,光学特性が変化します. そのため,測定試料,測定位置が変わると光学定数が異なる場合もしばしばで,分光エリプソメトリーの評価対象としてはやっかいな材料の一つです. 特に,結晶化過程で生じると考えられる膜厚方向の膜質分布が,解析を難しくすることも少なくありません.

図1に,単純なITO単層膜を仮定したサンプル層構造と測定配置を示します.

分光エリプソ ITO膜厚測定1 図1 単層膜を仮定したITO膜サンプルの層構造と測定配置

サンプルは,ガラス基板(Corning 7059,1 mm厚)上のITO膜です. 測定は,回転補償子型分光エリプソメーター(J. A. Woollam社製 M-2000UI)を用い,波長範囲: 320 nm 〜 1690 nm,入射角:50°,60°,70°で行いました.

ITOは,紫外領域における電子バンド間遷移の共鳴吸収と近赤外領域から長波長側に広がるフリーキャリア吸収の間に挟まれた可視領域で透明な光学定数スペクトルを持ちます(図5参照). 本解析では,ITO膜の誘電関数を,紫外領域の電子バンド間遷移を表すTauc-Lorentzモデルとフリーキャリア吸収を表すDrudeモデルの2つの振動子を用いてモデル化しています.

フリーキャリア吸収を記述するDrudeモデルは,次式で与えられます.

分光エリプソ ITO膜厚測定2

ただし,m*はキャリアの有効質量,Γ は減衰係数です. Drudeモデルの Γ は,キャリアの平均散乱時間の逆数 〈τ〉-1 で与えられます. LorentzモデルとDrudeモデルの違いは,Drudeモデルに復元力の項 meω02x がないことです. これは,電場に応答して移動したキャリアに対して,平衡位置に戻そうとするバネの復元力が働かず,キャリアが束縛を受けずに電場応答することを表しています.

周波数が低くキャリアが自由に電場応答できる波長領域(λ > 約1µm)では,光はITO内で電場振動が継続できず,ITOに入り込むことができません. つまり,λ > 約1µmの領域では,ITOは導電性があり金属的に振る舞います. しかし,「フリーキャリア」とはいうものの,電場によって無限に加速されるわけではなく,統計的に平均散乱時間 〈τ〉 程度で散乱される結果,キャリアの移動速度は一定値に落ち着きます. そのため,光電場の周波数がある程度以上に高くなると,キャリアが光電場振動に追いつけなくなり,ITOに光が透過し始めるのです. ITOが導電性を持ちながら可視領域で光が透過するのは,そのためです.

図2に,(a) 測定Ψスペクトル, (b) 測定Δスペクトルと単純なITO単層膜を仮定したフィッティング解析結果を示します.

分光エリプソ ITO膜厚測定2 図2 (a) Ψスペクトル, (b) Δスペクトルとフィッティング解析結果

均質単層膜を仮定した図2の解析結果は,全体的に収束状態がよくありません. 特に,フリーキャリアを記述するDrudeモデルの2つのパラメーター(プラズマ周波数,減衰係数)に適正な解が得られておらず,近赤外領域のΨが大きくずれています. これは,膜厚方向に膜質分布を持つITO膜を,屈折率が均一な単層膜と仮定したことが原因しています. 本例のように膜厚方向に光学定数が分布している膜を,一般に屈折率傾斜膜と呼びます.

ITO膜の屈折率傾斜を仮定したサンプル層構造モデルと測定配置を図3に示します.

分光エリプソ ITO膜厚測定3 図3 屈折率傾斜を仮定したITO膜サンプルの層構造と測定配置

屈折率傾斜膜解析では,図3のように,屈折率傾斜膜を仮想的な複数のスラブに分割し,屈折率が徐々に変化する多層膜モデル(グレーデッドモデル)として解析します.

図4に,(a) 測定Ψスペクトル, (b) 測定Δスペクトルとグレーデッドモデルで改善されたフィッティング解析結果を示します.

分光エリプソ ITO膜厚測定4 図4 (a) Ψスペクトル, (b) Δスペクトルと
グレーデッドモデルで改善されたフィッティング解析結果

解析モデルの改善により,図4に示すとおり,十分に小さい誤差で収束しています. 図4のフィッティング解析により得られたITO膜の収束膜厚値は,dITO = 93.49 nmです.

図5に,解析によって得られた屈折率傾斜を持つITO膜の光学定数スペクトルを示します.

分光エリプソ ITO光学定数 図5 ITO膜の光学定数スペクトル

図5で,ITO膜の光学定数が,膜の表面と底面で大きく異なることを確認できます. 特に,フリーキャリアのキャリア濃度,キャリア移動度に依存する近赤外領域の nk スペクトルが,膜厚方向で大きく分布していることが分かります. これは,膜の厚さ方向で導電性が大きく変化していることを意味しています.


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