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構造色とは: 4. 多層膜の干渉
4. 多層膜の干渉
自然界で見られる代表的な多層膜干渉の例は,貝殻の真珠層やタマムシです. また,フィルターなどの光学素子は,多層膜の干渉を利用して,望み通りの光学特性を実現しています.
4.1 貝の真珠層
真珠層は,貝類などの軟体動物の貝殻内面にある真珠のような光沢を帯びた層のことで,その主成分は炭酸カルシウム ( CaCO3 ) です.
真珠層の色は,光の波長程度の周期をもつ多層構造によってもたらされる干渉色です.
パウア貝は,アワビ貝の一種で,ニュージーランドでは定番の土産物だそうです. 採取された段階では白い貝殻ですが,殻の表面を丁寧に磨くことで真珠層が露出し,干渉によって虹色に輝きます.
鮮魚店で普通に購入できるトコブシなどの身近な貝類でも,虹色に輝く真珠層を見ることができます.図4-2 は,トコブシの貝殻の内側を撮影したものです.真珠層の輝きは,古くから漆器などの装飾技法である螺鈿細工に使われてきました.また,真珠層をもつ貝は,衣服の装飾ボタンの材料としてよく利用されます.
真珠層の輝きは,古くから漆器などの装飾技法である螺鈿細工に使われてきました. 図4-5 は螺鈿細工用に薄く加工された白蝶貝です.
4.2 レインボーアンモナイト
白亜紀前期(約1億年前)のアンモナイト(頭足類)の化石です. アンモナイトの化石の中には,殻の真珠層の多層構造によって虹色に発色するものがあり,「レインボーアンモナイト」と呼ばれることがあります. 有機色素の色は褪色で失われてしまいますが,構造色は,微細構造が存在する限り,色が失われることはありません. 古生物学では,化石の中に残された微細周期構造の痕跡を探し,その古代生物が生きていた当時の体色を再現する研究も行われています.
4.3 タマムシ
タマムシの翅の干渉色は,多層膜構造によるものであることが分かっています.図4-10 を見ると,緑色の波長帯が特に高い反射率であることが分かります.
4.4 魚の体表
ネオンテトラの青いストライプのような鮮やかな色彩が見られる熱帯魚は,特定の波長領域の反射光だけが強め合う構造周期を持っています. ネオンテトラの場合,体表の虹色素胞(にじしきそほう)内にはグアニン結晶を成分とする反射板が数多く積層し,多層膜構造を形成しています. 反射板の間隔が環境によって変わるために,ストライプの色は昼間は青,夜間は紫,餌を食べるときなど興奮状態では黄緑と色が変化します [1] .
[1] S. Yoshioka , B. Matsuhana , S. Tanaka , Y. Inouye , N. Oshima and S. Kinoshita: "Mechanism of variable structural colour in the neon tetra: quantitative evaluation of the Venetian blind model", J. R. Soc. Interface 8, 56-66(2011).
サンマの金属光沢は,体表にある虹色素胞(にじしきそほう)内のグアニンの板状結晶と細胞質の積層構造が干渉を起こして,可視光全域が反射されることで銀色に見えます.
4.5 メガネのマルチコーティングAR
カメラレンズ,メガネレンズを始めとする多くの光学製品の表面には,表面反射を低減させるために反射防止膜(ARコーティング:Anti-reflection coating)が施されています. ARコーティングの中でもマルチコーティングは,多層膜にすることで可視領域全体の反射防止性能を向上させています.図4-13 から,反射色が青みがかったARコーティングでは,反射率スペクトルの青成分が多く反射されていることが分かります.
→ 膜厚測定アプリケーション|湾曲したレンズの反射防止膜の反射率測定
4.6 ダイクロイックミラー
高屈折率の誘電体膜と低屈折率の誘電体膜を交互に積層した誘電体多層膜で作製されるダイクロイックミラー ( Dichroic mirror ) は,反射光と透過光がお互いに補色関係になるように白色光を色分割する機能を持った光学素子で,所望の波長帯だけをほぼ100%反射するミラーを作ることができます. 図4-14 は, SiO2 / Ta2O5 の19層の積層で作製されたダイクロイックミラーの例で,700 nm付近の赤い光をほぼ完全に反射するため,透過光は反射光の補色である青緑色になります.
誘電体多層膜技術を用いれば,ミラー以外にも,ある波長だけ透過するバンドパスフィルター,特定波長を反射/別の特定波長を透過するダイクロイックミラーなどを作ることができます.
→ 膜厚測定アプリケーション|ダイクロイックミラーの膜厚・屈折率評価
4.7 オオセンチコガネ
オオセンチコガネは,コガネムシの仲間で,体長20mm程度の金属光沢がある美しい体表色を持つ昆虫です. オオセンチコガネの体表は多層構造になっていて,多層膜の多重干渉によって美しい発色が生まれています. 色は,大きく赤系,緑系,青系に分かれ,まれに紫や茶色の個体も見られます. 近畿中央部に緑色,紀伊半島に青色,その他の地域に赤色を基調とした個体が分布しています [1].
[1] 三重県総合博物館|コレクション|スタッフのおすすめ|オオセンチコガネ
さまざまな色彩を持つオオセンチコガネを図4-16に,それぞれの個体で測定した反射率スペクトルを図4-17に示します.
それぞれの個体色の違いは,反射率スペクトルのピーク波長の違いで説明することができます. 波長ごとに整然と並んだスペクトルは,まるで人工的に作られたバンドパスフィルターのようです.
いくつかの個体について,高屈折率媒質/低屈折率媒質の交互積層9層を仮定して,フィッティング解析した結果を示します.
スペクトルフィッティング結果から分かるように,高屈折率媒質/低屈折率媒質の交互積層9層を仮定したシミュレーションによって,それぞれの体表色を再現することが可能です. 本来は,スペクトルフィッティング解析から交互積層膜の膜厚,光学定数を求められるのですが,光学モデルが複雑で,無数のローカルミニマムが存在するため,多層膜干渉によって反射率スペクトルを定性的に説明するところまでで,定量的に解析するまでには至っていません.