膜厚測定,分光測定,分光エリプソメトリー,スペクトル解析のテクノ・シナジー

膜厚測定・干渉分光法とは: 7. 誘電関数モデル 1

干渉分光法とは

7. 誘電関数モデル 1

可視領域における誘電関数や複素屈折率分散の基本的な形状は,紫外領域に位置する電子分極の吸収帯によって形作られます. 実際に,物質の誘電関数,複素屈折率分散を再現するためには,基本形の Lorentz 振動子の他に物質特有な電気感受率を表現するいくつかのモデルを用意する必要があります. ここでは,誘電関数モデルを構築する際に,よく登場するいくつかのモデルを紹介します.

7.1 電気感受率

真空中の誘電率を ε0 ,物質固有の誘電率を εp とすると,光学分野では,一般的に, εp を ε0 で割って無次元化した比誘電率 (relative dielectric constant) ε が使われます. 通常,比誘電率は単に誘電率と呼ばれます. ε は (7-1) 式のように表されます.

(7-1) 式

(7-1) 式の通り,物質の誘電率は,真空中の誘電率 ε = 1 に物質固有の分極の寄与である電気感受率 χ が足されたものでです. 本講座第7回で Lorentz 振動子の誘電関数と呼んでいたものは,真空中の誘電率 ε = 1 に Lorentz 振動子の電気感受率を足したものです. 入射する光の電場に応答して分極するものが複数ある場合,真空中の誘電率 ε = 1 に必要な数の電気感受率を足していきます.

7.2 背景誘電率

誘電率 ε のDC成分は背景誘電率 εb と呼ばれ,可視領域の場合,真空中の誘電率 ε = 1 に等しくなります.

背景誘電率は,観測している波長帯よりも波長が短い(エネルギーが高い)周波数領域にある共鳴吸収の誘電率への寄与を足し合わせたものです. 例えば,図7-1 に示した結晶シリコンの場合,電子分極の吸収帯から遠く離れた赤外領域では電子分極の共鳴吸収による誘電率への寄与は一定値になります.

図7-1 結晶シリコンの誘電関数	[7], [8]
図7-1 結晶シリコンの誘電関数 [7], [8]

このような場合,観測波長領域から遠く離れた電子分極の誘電関数パラメーターを変化させても赤外領域には何の御利益もないので,観測領域より短波長側(高エネルギー側)の電気感受率の寄与をまとめて背景誘電率 εb とおいて,赤外領域における結晶シリコンの誘電関数をモデル化します. ちなみに赤外領域における結晶シリコンの背景誘電率は εb ~ 11.7 です.

[7] G.E. Jellison, Jr.: "Optical functions of GaAs,GaP, Ge determined by two channel polarization ellipsometry", Opticals Materials, 1 (1998) 151-160.
[8] E.D. Palik (editor):"Handbook of Optical Constants of Solids", Academic Press, New York, (1985).

7.3 Drude モデル

金属の導電性は,自由電子の海に原子核の島が浮いているモデルで説明され,自由電子が電気をよく通す役目をします. 金属などの自由電子の電場応答は, Drude モデル (Drude model) で記述します. (7-2) 式は,Drude モデル (Drude model) の運動方程式です.

(7-2)式

で記述されます.ただし, m * はキャリアの有効質量, Drude モデルの減衰係数 Γ は,キャリアの平均散乱時間の逆数 τ-1 で与えられます.

(7-2) 式の Drude モデルの運動方程式は, Lorentz モデルで ω0 = 0 とした式になっています. つまり,バネの復元項 - me ω 02x がありません. これは,電場に応答して移動した自由電子に対して平衡位置に戻そうとするバネの復元力が働かず,自由電子は,その名の通り,束縛を受けることなく電場応答することを意味しています. 波が存在するためには変位に対する復元力が必要なので,自由電子に対して復元力が働かない金属中では電場振動が継続できません. つまり,金属は電場を遮蔽するのです. この金属の電場遮蔽によって,金属内に入り込むことができない電磁波は,完全に反射されます.
Drude モデルの電気感受率 χDrude は, (7-3) 式で表されます.

(7-3)式

Drude モデルの誘電関数は次のように求めることができます.

(7-4)式,(7-5)式

ただし,金属中には自由電子以外にも原子に束縛された電子が存在するので,それらからの寄与を背景誘電率 ε b にまとめてあります.

ここでは, (7-4) 式を Γ = 0 と仮定して単純化し, Drude モデルの誘電関数が持つ基本的な特徴について考察しましょう. なお,他の分極の寄与はないものとして εb = 1 とします. 得られる誘電関数は次式の通りです.

(7-6)式

Γ = 0 の条件から ε は実数になります.
図7-2 は,(7-6) 式をプロットしたものです.

図7-2 Drude モデル ( <em>Γ</em> = 0 ) から計算される誘電関数
図7-2 Drude モデル ( Γ = 0 ) から計算される誘電関数

光の角周波数が ωp より小さい領域では,誘電率は負の実数となり,屈折率 n - i κ = √ε は純虚数になって消衰係数 κ のみが値を持ちます. 光は exp (-2 π κ x / λ ) で速やかに減衰して金属内部に入り込むことができません. また, Γ = 0 なので,電子の散乱効果による光吸収も起こりません. その結果,光は金属表面で完全に反射されることになります.
(7-6) 式から, ω = ω p の時に ε 1 = 0 となります. ωp が分かれば,プラズマ角周波数の定義式から,金属内の電子密度 N は,(7-7) 式のように求まります.

(7-7)式

光の角周波数が ωp を超えて大きくなると,屈折率は実数となり,導体内に光が侵入し伝搬できるようになります.
実際には,電子の散乱を無視することはできないため, Γ = 0 にはなりません. Γ = 0.05 ωp を仮定して計算した Drude モデルの誘電関数と反射率を図7-3 に示します.

図7-3 Drude モデル ( <em>Γ</em> =  0.05 ω<sub><em>p</em></sub> )から計算される誘電関数と反射スペクトル
図7-3 Drude モデル ( Γ = 0.05 ωp )から計算される誘電関数と反射スペクトル

7.4 金属の誘電関数はDrude + Lorentzで表す

金属の誘電関数は,基本的に,自由電子を表す Drude モデルと電子分極を表すいくつかの振動子を含む Lorentz モデルの足し合わせで記述します.
図7-4 は,銀のプラズマ角周波数付近 ( 約 3.9eV ) に見られる特徴的な反射率の落ち込みを, Drude モデルと1つの Lorentz モデルを組み合わせて解析した結果です.

図7-4 銀の誘電関数のモデル化と反射率スペクトル 1
図7-4 銀の誘電関数のモデル化と反射率スペクトル 1

銀では内部バンド間遷移の共鳴吸収が複数存在するため,単一共鳴角周波数の Lorentz モデルでは高角周波数側の複雑な構造を記述できませんが,銀の誘電関数の基本構造を定性的に説明するには十分で,プラズマ角周波数付近の特徴的な反射率スペクトルの落ち込みを再現することができています.
図7-5は,より高度な解析を行った例です.

図7-5 銀の誘電関数のモデル化と反射率スペクトル 2
図7-5 銀の誘電関数のモデル化と反射率スペクトル 2

Drude モデルに背景誘電率 εb と 4 つの振動子 [注] を組み合わせて,銀の誘電関数をモデル化して,反射率スペクトルを計算しました. 金属の誘電関数は複雑ですが, Drude モデルといくつかの振動子を含む Lorentz モデル(または, Kim 振動子のような Lorentz 振動子の派生モデル)を足し合わせることで,基本的には図7-5 のような解析が可能になります.

【注】 ここでは, ε2 の形状をローレンツ分布とガウス分布が混合したものとして記述できるKim 振動子を用いました.
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