膜厚測定,分光測定,分光エリプソメトリー,スペクトル解析のテクノ・シナジー

膜厚測定・干渉分光法とは: 8. 誘電関数モデル 2

干渉分光法とは

8. 誘電関数モデル 2

本講座第8回は,第7回に続き,誘電関数モデルの構築に有効ないくつかのモデルを紹介します.

8.1 Cauchyの分散式

スペクトル解析領域が紫外領域にある電子分極の吸収帯から遠く,消衰係数 k = 0 で透明とみなせる場合,屈折率 n の正常分散スペクトルを Cauchy の分散式(別名 Cauchy モデル)で近似することができます [9] .

Cauchyの分散式

式中の A , B , C は解析変数です. Cauchy の分散式は, 屈折率 n に関する方程式ですが, Sellmeier モデルの近似式であり, Sellmeier モデルの式を級数展開することにより得られます.

【注】 Sellmeier モデルの導出については,
「徒然「光」基礎講座|誘電関数って何だ?|7.3 Lorentzモデルの性質を調べる」
をご参照ください.

図8-1 は, Cauchy の分散式の適用例です. シリコン酸化膜( SiO2 )は可視領域において透明で, Cauchy の分散式で近似した SiO2 の屈折率は文献値 [10] とよく一致します.

図8-1 Cauchyの分散式を使った解析例:シリコン酸化膜の屈折率
図8-1 Cauchyの分散式を使った解析例:シリコン酸化膜の屈折率

[9] L. Cauchy: "bull. des. sc. maht.", 14, 9 (1830).
[10] G. E. Jellison, Jr: "Optical functions of GaAs,GaP, Ge determined by two channel polarization ellipsometry", Opticals Materials, 1 (1992) pp.151-160.

Cauchy の分散式の適用には,解析波長範囲に注意する必要があります. 赤外領域に位置するイオン分極の影響が出る波長帯には使用することができません. 「6.1 可視領域における誘電体材料の正常分散」の図6-1 を参照してください.

8.2 バンド端の記述

Lorentz モデルの誘電損失 ε2 は,図6-4 に示したとおり横軸をエネルギーにしたときに共鳴周波数で左右対称になり,共鳴周波数から離れるに従い 0 に漸近します. 例えば,バンド端における吸収が指数関数的に減少する半導体の場合には,Lorentz モデルでは ε2 の指数関数的な急激な減少を再現することができません.
誘電関数モデルでは,バンド端の急激な誘電関数変化を記述するために, Tauc-Lorentz モデル [11, 12] や OJL モデル [13] を用います.

[11] G. E. Jellison, Jr and F. A. Modine: "Parameterization of the optical functions of amorphous meterials in the interband region", Appl. Phys. Lett. 69 (1996) pp. 371-373.
[12] G. E. Jellison, Jr., "Spectroscopic ellipsometry data analysis: measured versus calculated quantities", Thin Solid Films 313-314 (1998) pp. 33-39.
[13] S.K.O'Leary, S.R.Johnson, P.K.Lim, J.Appl. Phys. Vol. 82, No. 7 (1997) pp. 3334-3340.

ここでは, Tauc-Lorentz モデルの概要を見ていきましょう. Tauc-Lorentz モデルは,当初アモルファス材料の誘電関数をモデル化する目的で提案されましたが,透明導電膜などのモデル化にも利用されます. Tauc-Lorentz モデルでは,アモルファス特有のバンドギャップ( Tauc ギャップ)を導入し, Lorentz モデルに掛け合わせることで ε2 をモデル化しています.
Tauc-Lorentz モデルの ε2 は次式で示されます.

(8-2)式

ここで, S :振動子強度( G. E. Jellison の論文では定数 A = S2 が使われています), ω τ :ダンピング定数, ω 0 :共鳴周波数, ω Gap :ギャップエネルギーです. Tauc-Lorentz モデルの誘電関数では,バンドギャップより低エネルギー側では ε2 = 0 です.
Tauc-Lorentz モデルの誘電関数例を示します. 図8-2 に, ω 0 =12000 cm-1 , S = 500 cm-1 , ω τ =1000 cm-1 , ω Gap =10000 cm-1 を仮定した Tauc-Lorentz モデルの誘電関数を示します.

図8-2 Tauc-Lorentz モデルの誘電関数例
図8-2 Tauc-Lorentz モデルの誘電関数例

Tauc-Lorentz モデルの誘電関数では, ε 2 の共鳴吸収ピークに対して非対称なカーブ形状になり,共鳴吸収の低エネルギー側ではギャップエネルギー ω Gap で速やかに 0 になります.

Tauc-Lorentz モデルや OJL モデルは, ε 2 のみを生成します. ε 2 と対となる ε 1 は,クラマース・クローニヒの関係式を用いて導出します.

8.3 Kim 振動子

Kim 振動子は,Kimらによって提案された調和振動子( Lorentz 振動子)の拡張振動子モデルです [14] . Kim 振動子は, Gauss 関数と Lorentz 関数の中間の任意の誘電関数を生成することができます. これは,(8-3) 式に示すダンピング定数の周波数依存性を変化させることによって実現しています.

(8-3)式

定数 σ は Gauss-Lorentz-switch と呼ばれます. Gauss-Lorentz-switch は, σ = 0 でGauss 関数, σ > 5 でLorentz 関数になります. Kim 振動子では,共鳴周波数,振動子強度,ダンピング, Gauss-Lorentz-switch の4つのパラメーターを設定します.
図8-3 に Gauss-Lorentz-switch の値を σ = 0 , 1 , 5 の3段階変化させた場合の Kim 振動子の誘電関数を示します.

図8-3 Kim 振動子の誘電関数例
図8-3 Kim 振動子の誘電関数例

[14] C.C. Kim, J.W. Garland, H. Abad, P.M. Raccah, Phys. Rev. B 45 (20) (1992) 11749-11767.

8.4 有効媒質近似

媒質 A と媒質 B が混じり合って混合媒質を形成するときに,化学反応せずに,波長よりも十分に小さい粒子が物理的に分散している場合に,媒質 A と媒質 B の誘電率から混合媒質の有効誘電率を計算する理論を有効媒質理論といいます. 有効媒質理論では, Lorentz-Lorentz の式,Maxwell Garnett の式などが有名ですが,有効媒質近似 ( EMA: effective medium approximation ) も有効媒質理論の一つで, Bruggeman が提案したことから Bruggeman モデルとも呼ばれます [15] .

Bruggeman モデルでは,母体となるマトリクス材料の中に波長よりも十分に小さい球形のパーティクル材料が分散している混合媒質を仮定します. Bruggeman モデルは(8-4)式 で示されます.

(8-4)式 Bruggeman

ここで, ε m はマトリクス材料の誘電率, ε p はパーティクル材料の誘電率, f は体積分率といいマトリクス材料に対するパーティクル材料の体積比です. ε eff は混合媒質の有効誘電率です.

Bruggeman モデルが有効性を発揮するのは,図8-4 の例のように,物質 A と物質 B の界面に物質 A ,物質 B が混じり合う中間層がある場合や,サンプル表面にラフネスがある場合などです. その他,ボイドがある膜や多孔質の膜に対してもBruggeman モデルが有効な場合があります.

図8-4 有効媒質近似の混合層への適用
図8-4 有効媒質近似の混合層への適用

Bruggeman モデルを適用するに当たっては,次のような点に注意する必要があります.
1)それぞれの物質は,バルクの性質を残して物理的に混合している(化学反応はしていない)
2)均一に混合している
3)ラフネスのサイズや分散しているパーティクルの粒径が波長より十分に小さく,量子効果が無視できる程度に大きい
(およそのパーティクルサイズ: 1nm < 粒径 < λ / 30 )

[15] D. A. G. Bruggeman: "Berechnung verschiedener physikalischer Konstanten von heterogenen Systemen.", Ann. Phys. 24 , 636 (1935).
[16] J. C. M. Garnett: "Colours in metal glasses and in metalic films, Philos.", Trans. R. Soc. London 203 , 385 (1904).

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